『 18時の願い 』
耐えうるすべてを耐えよと
感触がささやく
わたしたちは
はるかな脅威の目撃者
あの日
試練の始まりを予感し
誰もがなにかを決断した
夜道を踏破し絶対的な期限の在りかを思い
凍てついた気流にきらめく光りを俯瞰し
より冷たい水と空気を想像していた
耐えうるすべてを耐えよと
零下に凝縮されていた発光は
今夜、ゆるやかに溶け出し冬を薄める
この一年を
幹に標した桜や欅の枝影
夕焼けの名残り黄色く混じる空を背景に
まだカーテンは引かれずに
人びとの気配がいつもの路地に流れ出る
常夜灯の数が増し
保育室から別れの挨拶が聞こえる
ともしびや温度や気候や大地の揺れに
こころを波打たせ
この世界の不確かさを知りながら
おなじ時刻
おなじ道のりで帰路に着く
歩きながら手袋をはずし
通り越しざま願いを飛ばす
今年こそ
綺麗に咲くように
泡立つ夜のリフレイン
眠れない、と
毛布を掻き寄せても
思い出したくない感情が
色彩を帯び湧いてくる
すでに二年は経つというのに
トラウマ、という単語がふと浮かぶ
焦燥に似た夏を終え
待ち遠しかった涼風の
それさえ疎ましく寝返りを打ち
時刻を見ては乱暴に
携帯電話を布団へ投げる
いまだに
影響下に在るなどとは認められない
瘡蓋の
痕が肌から完全には消えない
今がいちばん幸せ、と
柔らかな決意を日々更新していく
泥水さえ栄養に粛々と
思い上がりを甘く打ち砕きながら
眠らなければ
捕われず
眠らなければ
夜が退く前の僅かなやすらぎが欲しい
同じ強さでやすらぎなど求めるなと声がする
流したくは無いのなら
涙は
舌先を噛み堪えられると何処かで聞いた
朝の境界を
潜り抜けると質感が
急速にあるべき場所へ帰っていく
今日も滞りなく
地表を太陽が舐めていくのだ
ただ、それだけの必然
罪の意識があるならば
頭を垂れるべきだった
君が変わることも可能な人だと
心を示すべきだった
搾取と脅迫に
なんら疑問を持たず
暴力を被害者のせいにし
自己弁護を枕に眠る
流れ去った時間の分だけ
見事なまでに堕ちていった
引き留めようと
したけれど
何度も
皮膚は破れたけれど
まるで必然であるかのように
すべて重力のなすがままに
物事は
終局へ向け成されていく
不幸が人生の構成要素の一部なら
私たちは互いに
そうなのだろう
どうしようもなく必然の
出会いがあった
ただ、それだけに違いない
過去からの手紙
軍事郵便と押印された葉書には
流麗な文字で
母を甥を思いやる
優しい言葉が綴られている
家族の無事と健康を気遣い
それらを守るために赴いた地で
書かれたはずの
張り詰めた環境のなかの休息
祈りをしたためる静寂
乱れ無き美しい筆跡
限りある一枚の紙に想いを込めずにいられなかった
大地と水と花や樹
山から吹く風
軒を並べる家屋
この国の血脈は奇跡のように民を育て
一人一人が一途に生きたことが国を育てた
翻弄され踏みにじられ
誇り高く苦しみを受け入れ
褐色の紙が
時を超越しこの手の中に在る
顔も知らない兵士の私信が
わたしの日常に現れ呼び覚ます
古代から連なる
この身の細胞も
等しくこの国を記憶するものの一部であると
失われたそれぞれの生き様が紡いだ歴史の末に現在があり
未来を託すこころを愛と呼ぶなら
手の中の葉書はどこまでも重く尊く
戦場へ赴くように生き抜けと今を託している
パンドラ
自分を消したいと
いらない命と体を持て余す
そんな瞬間が
嘗てあった
生まれる場所が違っていたなら
これほど辛くは無かったかもしれない
けれど
それは出口のない思考
こんなに暗く汚れた世界で
途切れそうな呼吸を
なぜ塞がれなければならないのかと
マッチ棒の
最期の燃えさしのように
死にたがらない魂がそこに残った
どん底まで覗けば
あとは這い上がるだけ
踏まれても落されても
ほんのわずかな機会を掴んで
人生は命続く限り
逆転する未来があるんだ
貪欲に知識を
鋭敏に情報を
惜しまずに行動を
何もかも無駄にせずに日々を生きる事で
数十年の時の果てまで
生まれてしまったからには人であるからには
けして
諦めないんだ


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